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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4788号 決定 1957年3月19日

申請人 井上卓衛

被申請人 社団法人 東京新聞

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人が申請人に対して昭和三十年十二月二十一日付でなした解雇の意思表示の効力を仮に停止する。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、申請人は、昭和二十五年十月被申請人(以下被申請人社ともいう)に雇用され同社の記者として社会部に次で編集局文化部に勤務し映画関係記事を担当していたところ、被申請人社は、昭和三十年十二月二十一日付で申請人に対し、同人は「同年十一月二十九日の文化部会で社の事業である『週刊東京』の発行に協力せぬと放言し、社長がその不謹慎をたしなめたのに対して、突如、社長に向つて机上の茶椀を投じ、同席者の阻止に抗して更に暴行を働こうとして、同部会の進行を中断せしめた、右の行為は社の秩序をみだるもの」である。との理由を以て平均賃金三十日分の予告手当を提供して解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

二、申請人の右解雇が解雇権の乱用で無効であるとの主張に対する判断

よつて申請人の右文化部会における行動を検討し本件解雇処分が権利の乱用と目さるべきかどうかを判断する。

(1)  申請人の所属する文化部においては毎月一回定例的に部会を開催し、右部会には社長、編集局長、同次長、記事審査委員長等の最高幹部も出席し、過去一カ月間の実績について検討を加え且つ将来の企画等につき意見を交換するのが通例となつていることは当事者間に争いがなく、疏明によれば、同年十一月二十九日午後一時から二階会議室において最高幹部出席の上月例文化部会を開催した際、社長から部員一同に対し同年八月から毎週土曜日夕刊本紙に添付して発行している「週刊東京」につき協力方を要望し、部員の意見を求めたところ、映画記事担当の早田秀敏から、本紙映画記事担当記者はつい興味もあつて週刊東京の方も手伝つているがそのため本紙は人手不足で困つているから週刊東京専属の記者をおくか、文化部映画記事担当記者を増やすかしてもらいたい、との意見の開陳があり、社長から将来人員拡充も考えているが当分の間現在の陣容で協力されたい、との発言がなされたところ申請人が右早田の意見に関連して「興味があるからやるわけでない」と意見を述べたのに対し、社長から「興味がないとはどういうことだ、社の仕事じやないか」と反問したのに端を発し、社長の甥である申請人は、かねてから週刊東京を発刊した社長の方針に反対していたことと、申請人の両親に対する社長の冷遇に不満を抱いていたことから、その不満が爆発して口論となり申請人が「興味がないものは興味がないのだから仕方がない、週刊東京は社長が勝手に作つて一方的に押し付けたものじやないか。」等と反駁したため、社長をして申請人が週刊東京の発刊に協力できないとの発言と感じさせ社長が興奮して「協力できないとは不謹慎だ」「協力できないならやめたらどうだ」と叱責したので申請人は憤激の余り社長に対し「お前こそやめろ」と放言して机上の茶椀を取つて六、七尺の距離にいた社長に向つて投げつけ、茶椀は社長に当らなかつたけれども、そのために一同騒然となり、同席者数名がなおもその場にとどまろうとする申請人を制して退場させたが、その間右部会は十分間程中断させられたこと及び被申請人社は右申請人の所為をもつて職場の秩序を紊すもので社員としての適格性を欠く非行と判断し前記解雇の措置に出たことが認められる。

よつて判断するに社の正規の会合である文化部会の席上において、社員が社長に対し「お前こそやめろ」等と暴言を吐きあまつさえ茶椀を投げつける暴行をなすなどして会議を中断させるのは、故意に社の秩序を乱す行為であつて、これがため社員としての適格性を欠くものと判定され解雇処分に出られても止むを得ないものというべく、従つて権利の乱用と認めるに足りない。

(2)  申請人は社長が肉親間の不和に乗じて申請人の反感を誘発させたものであり、肉親の個人的な紛争に過ぎないものを解雇理由としたものであるので不当であると主張する。なるほど疏明によれば、申請人主張のように現社長と申請人の実母とは兄妹の関係にあり、その実父で申請人の祖父である前社長と現社長とは不仲の間柄にあつたこと、これに反し、前社長の娘婿にあたる申請人の実父は被申請人社の法定社員、理事、診療所長等の地位にあつて前社長の信任厚く重用されていたが、昭和三十年六月二十二日前社長の死去により現社長がその地位を継ぐや、申請人の実父と理事会等において意見の対立が激しく、前社長の遺産相続問題並びに前記診療所の帰属問題等をめぐつて対立抗争が表面化し結局申請人の実父が法定社員、理事等を止むなく辞職することとなつて遺産相続問題は一応解決したけれども同年十一月二十八日の理事会の席上被申請人社が申請人の実父に対して更に診療所からも一切手を引くことを要求したことから、更に不和は深刻となり申請人とその両親は社長に対して甚しく不満を感じていたやさき、たまたまその翌日前記文化部会が開催されたのであるからその席上の前記事件は、一般の社長と社員間の立場においてではなく、親戚間の右のような対立的感情がこれを誘発したものであることは推察するに難くなく、したがつて単純に週刊東京の発刊とこれに対する社員の協力に関する社長の方針を批判したことから生じた紛争と見ることはできないけれども、そのような肉親間の不仲の故に前記申請人の行為を正当化するものでないことは勿論、本件解雇処分が前記解雇理由に藉口して親戚間の対立抗争に基き申請人を被申請人社外へ排除する意図によるものであることを認むべき疏明も十分でないから、本件解雇が権利の乱用に当らないとする前記判断を左右するに足りないといわざるを得ない。

三、申請人の本件解雇は労働協約所定の組合もしくは交渉委員会の承認を得てないから無効であるとの主張についての判断

(1)  疏明によれば、被申請人社と東京新聞社従業員労働組合(申請人は同組合所属の組合員である)との間に昭和三十年一月十一日付締結された現行労働協約第二章第十一条(解雇)に「社は、組合員を解雇(懲戒解雇を含まない)する場合は、あらかじめ事由を示して本人並びに組合に通知し、組合の同意を求める。組合は通知受領の日から七日以内に異議の申入れができる。懲戒解雇については、前項に準ずる。」第十三条(異議成立による措置)に、「社は第六条(組合員の異動)第十一条(解雇)および前条(懲戒その他)の異議の申入れがあり、異議の正当であることが明かとなつた場合は、本人を従前通りの勤務に服させ、如何なる不利益も与えない。」と各規定されていることが認められる。

よつて右規定の趣旨を考察するに、第十一条の規定からただちに組合の同意を得ることが解雇の効力発生要件と解することは首肯し難いところであり、かえつて右規定の文言と疏明によつて認められる右規定の「同意を求める」との文言が協約締結の交渉過程において組合側の「承認を要する」との案と被申請人社側の「通知する」との案の妥協の結果できたものである事実、前記第十三条の規定、旧協約第九条に「組合の異議の申入れがあつた場合は、組合と交渉して解決をはかる」との規定の存在したこと(このことは申請人の争わないところである)、及び疏明によつて認められる第一章総則第三条(権利義務の相互確認)の「社は、労働権を、組合は編集権、経営権(人事権を含む)を相互に尊重し、双方その権利に伴う責任と義務を負う」との規定とを合せ考えると、第十一条の趣旨は被申請人社に組合の同意を得る措置に出ることを要求するものであり、第十三条は、解雇通知に対する組合の異議の申入れは被申請人社に或いは旧協約第九条の趣旨に従い組合と交渉するなどして事案の真相発見に努力し処分の客観的妥当性について再反省する機会を持たせるためのものであつて、被申請人社は異議が正当であることが明らかとなつた場合に被解雇通知人に不利益を与えない旨の約定と解すべきである。

(2)  次に、疏明によれば、前記労働協約第八章交渉機関の第一節交渉委員会と題する節の第四十三条(委員会の目的)に「社と組合とは、この労働協約に定めた相互の権利を確認のうえ、労働条件その他の重要問題を協議するため、交渉委員会を設け、必要に応じて随時開催する」。第四十五条(協議事項)に「交渉委員会は、左の事項を協議する。一、組合員の労働条件に関する事項、二、組合員の人事に関する事項、三、組合員の福利厚生、安全衛生に関する事項、四、組合員の教養、技能の向上に関する事項、五、この労働協約の解釈ならびに適用に関する事項、六、その他社または組合が必要と認めた事項」。第四十七条(決定事項の実施)に「交渉委員会で決定した事項は、これを成文化し、双方の機関の承認を得たうえ直ちに実施する。委員会で協議中の事項は双方の合意がなければ、一方的にこれを実施しない」と各規定されていることが認められる。

申請人は個々の組合員の解雇も第四十五条第二号所定の「組合員の人事に関する事項」に該当し、交渉委員会で協議承認を経べき事項であるのに拘らず本件解雇は同会の承認がないから無効であると主張するけれども、疏明によれば同条第一号所定の「組合員の労働条件に関する事項」が一般的規準のみを意味することは組合の諒承するところであることが認められるし、また交渉委員会の決定事項の実施に関する第四十七条が「決定した事項は成文化し双方の機関の承認を得たうえ直ちに実施する、」と規定し、その「成文化」「実施」なる文言は通常一般的規準を規定するについて妥当する用語例であること第四十七条は合意を効力発生要件としているものと解されるのに反し、第十三号は前記のように異議の正当であることが明かでない限り合意が成立しなくても解雇し得ると解されるものであること及び第十三条からは個々の解雇が交渉委員会の協議事項であることが、窺い得ないこと等を合せ考えると、第四十五条第二号は、組合員の人事に関する一般的規準についての規定であつて、個々の組合員の解雇については適用はないと解するのが相当である。

尤も疏明によれば本件解雇処分についてあらかじめ第十一条所定の通知を受けた組合は通知書記載の事実について疑義があるとして交渉委員会の開催を要求し、被申請人社もまたこれに応じたことが認められるけれども、更に疏明によれば、同社は従来組合と協議するのが妥当な事項は第四十五条所定の協議事項に限らず、第八章第一節所定の交渉委員会であると特に意識せず便宜上交渉委員会の形式を借りて協議してきたことが認められる。なお協約締結過程において申請人主張のように第四十五条の人事に関する事項には個別具体的の解雇を含むことに双方の了解が成立した旨の疏明は措信できないところであり更に個々の組合員の人事につき人事カードがあつて、社長以下幹部の捺印欄の最下欄に組合印欄があつて組合に廻付され、事実上、その承認を得ている旨の疏明があるけれども、この事実をもつては前記協約規定の解釈を左右するに足りない。

(3)  右の観点から本件解雇手続を見ると疏明によれば、組合は第十一条所定の通知を受けたのでこれに対し、申請人の行為は懲罰相当事由ではあるけれども解雇は過酷に失するとして、異議の申立をなし、被申請人社と前後三回に亘り交渉をなしたところ結局本件は社長と井上両家の親族間の被申請人社における派閥争い、遺産問題等に原因するもので本来組合が介入するのに不適当な問題であると結論して右交渉を打ち切り、被申請人社は組合の右異議の申立を正当でないと判断して本件解雇の意思表示をなしたことが認められるから協約第十一条、第十三条に違反するものでなく、また協約第四十五条の協議事項に該当しないからこの点に関する申請人の主張も失当であるといわざるを得ない。

四、結論

よつて、本件仮処分申請は結局被保全権利の疏明がないことに帰するから、その余の点を判断するまでもなく失当としてこれを却下することとし申請費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 好美清光)

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